仮交際の相手がトモコさんだけでは不安があるため、複数の女性との交際を同時進行させることにしたシシ坊。

さっそく37歳、薬剤師のマキさんとのカップリングに成功し、そのままお昼ごはんを共にするも、彼女の服装がチノパンとスニーカー(通称チノスニ)であることが、少し気になってしまいます。

しかしそれは、シシ坊の婚活史上で最強のこじらせ婚活女子であるマキさんの、氷山の一角に過ぎませんでした……
前回のお話はこちら
■実家暮らしの謎
チノスニに少しがっかりはしたものの、マキさんとのお話は弾みました。
お互いの生い立ちや家族構成、趣味、休日の過ごし方など、身の回りのことが少しずつわかっていきます。
マキさんはご両親と東京都内での三人暮らし。
父親は事業家で、いくつかのビジネスを経たのち、今はサウナを経営しているそうです。

母親は専業主婦とのことでした。
いまどき夫婦共働きではなく、父親の事業ひとつで都内に家庭を持ちつづけてきたことに感服します。
また実家の事業の影響か、マキさんの趣味は岩盤浴だそうです。
実家はもしかすると裕福なのかもしれませんね。
ただマキさんが、37歳でいまだに実家暮らしというのはなぜなのでしょう?

目じりにシワが刻まれはじめた年齢なのにまだ生家を出ていないというのは、結婚相手の条件としては、なかなか好意的にはとらえにくいです。
どうしても精神的、経済的に自立していないのでは? というイメージがつきまとうからです。
ただ彼女の年収は550万円と、シシ坊が出会った婚活女性の中ではトップクラスの収入ですし、
ドラッグストアの管理薬剤師というリーダー的地位にある人です。

稼ぎが少なくて家を出ていけない、社会人として自立していない、という訳ではなさそうです。
余談ですが、婚活パーティに来る40代前後の女性は、びっくりするほど実家住まいの方が多いです。
シシ坊の体感でいうと、二人に一人はそうでした。
実家暮らしが多すぎる!!

これが、アラフォー婚活三大カルチャーショックのひとつです。
■ニ週間 vs. 三年
「活動してどのくらいなんですか?」

とマキさんに訊かれました。
活動とはつまり、婚活歴の長さをたずねられているのです。
婚活中であることを周囲の人に悟られたくないので、公共の場ではこういった隠語を使うのです。
まだはじめたばかりでニ週間くらいです、とシシ坊が答えると、マキさんは ああ、やっぱり! と、なにかを納得したようにうなずきました。
どうやらシシ坊の態度や会話の仕方が、まだスレていないというか、フレッシュな感じがするのだそうです。
42歳の中年イノシシでも、マキさんにとっては新鮮な果実に見えるのですね……。

そういう匂いを感じ取れるということは、逆にマキさんはそれなりの婚活経験がありそうです。
「マキさんはどのくらいやってるんですか?」と訊き返すと、
「34歳ではじめて、もう三年です」と返ってきました。
(三年? な、長い……)

それを聞いて、気が遠くなりました。
シシ坊は当時、あたらしいパートナーができずに二年という月日が経っていたので、尚更おそろしく感じました。
マキさんの状況を自分の立場に当てはめてみると、三年後、45歳になってもまだ婚活をつづけていることになります。
今よりもはるかに年老いて、
今よりもはるかに不利な条件で……
ましてやシシ坊は、彼女と別れたことが原因でうつ病を発症しており、毎日大量の抗うつ薬を飲んで、希死念慮、自殺願望と戦っている最中でした。
このまま二度と恋人も妻もできず、ひとりで年老いていくのか……という絶望感で心は消耗しきっており、
なにが何でも一年以内には結婚しなければ、来年の今ごろ生きている自信がなかったのです。

「婚活はじめたらすぐ結婚できると思っていたのに、なぜか三年も経ってしまって……」
眉尻を下げ、すこし悲しそうに話すマキさんからは、新人のシシ坊には想像のつかない苦労がにじみ出ていました。

「僕もそれ聞いて意外だなと思いました。マキさん、人気ありそうなのに」
これは、いつわりないシシ坊の本音でした。
じっさい職業と年収と家柄のスペックだけなら、マキさんはすぐにでも結婚できそうなのです。
たしかにチノスニはがっかりしましたが、交際終了したくなるほどの致命傷ではないですし、もともとの見た目も特段わるい訳ではありません。
性格もおだやかそうで、あくまで初見では結婚相手として魅力的な人なのです。
なのになぜ、三年も婚活をつづける羽目になっているのでしょうか?
■あこがれのゴンドラ

「子どもがほしいから一日でも早く結婚したいし、少しでも若いうちにウェディングドレスを着たいです」
マキさんはすぐにでも子どもが欲しいということ、そして教会式を挙げたいらしいことが明らかになりました。
出会って二時間しか経っていないのに、ずいぶんと胸襟をひらいた話をしてくれますが、これはむしろ歓迎です。

残り時間の少ないアラフォー同士、下手に空気をよんで間を空けるより、肝心な話は早めにわかったほうが良いです。
ちなみにシシ坊は、子どもはマキさんほど強い願望はないができたら欲しい、式は神前式が良いが、新婦の希望を優先するので教会式で良い、という感じでした。
それをマキさんに伝えると、彼女は胸をなで下ろしたように言いました。
「良かった、教会式に反対だったらどうしようかと思っていました」

「マキさん、ウェディングドレスにあこがれが強いんですか?」

「それもなんですけど、私、ゴンドラで入る結婚式がしたいんです」
「ゴンドラ……?」
「はい。私、90年代な女なんで、結婚式=ゴンドラっていうくらい、あこがれがあるんです」
一瞬、ゴンドラってなんだろうと思いましたが、かすかな記憶がよみがえりました。
高層ビルの窓を掃除する人が載っているような吊り下げカゴで、新郎新婦が天井から降りてくる演出のことですね。

マキさんは90年代と言いましたが、それより前のバブル世代の話ですよね?
もう30年ほど前、シシ坊がまだ10代前半あたりのころ、トレンディーでバブリーな芸能人がテレビでゴンドラ入場式をやっていたような覚えがあります。
スモークをたいたり、ミラーボールやレーザーの照明など、ド派手な演出が特徴的でした。
(うーん、今どきゴンドラは……古くないか?)

シシ坊は結婚式のトレンドに詳しくはないですが、そういった派手婚的な演出が時流ではないことくらいはわかります。
ゴンドラのような派手婚のあとに日本経済が落ち込み、地味婚やナシ婚というものが相次いで流行ってきたことも覚えています。
2019年当時、もうすぐ令和になろうという時代に、アラフォーのカップルがゴンドラで入ってくるのは、けっこうな勇気が要ります。
最近はバブル文化がリバイバルで人気を博すこともあるので、『今あえてゴンドラ!!』というネタ感を押し出すのならアリかもしれませんが……
しかしマキさんはネタのつもりはさらさらなく、本気でゴンドラをやりたいようなのです。
「そうですか……でも今ゴンドラって、なかなか聞かないですよね……」
シシ坊がおよび腰になると、マキさんは食い気味に攻め込んできます。
「ええ、ゴンドラって設備が今どきなかなか無いことはわかってるんです。でも調べた限りだと●●県とか、東京近辺でも●●とかにゴンドラ入場できるとこがあって……」
もう、めちゃめちゃ調べてるじゃないですか!
ちなみにそのゴンドラ式場があるという●●県は、東京から300キロ以上も離れた関西の県でした。
ゴンドラのために新郎新婦のみならず、親族や参列者もろとも巻き込んで、そこまで行かせるつもりなのでしょうか?

設備の有り無しじゃなくて今どきゴンドラはどうなのか? と言いたかったのですが、微妙に話を反らされている感じの返答が、じつにテクニカルです。
シシ坊は話題を変え、その日はもうゴンドラの話題には触れないようにしました。
まだ出会って初日です。彼女のこだわりに立ち向かうには荷が重すぎました。
続きます。
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