39歳事務員トモコさん、37歳薬剤師のマキさんとの仮交際同時進行をはじめたシシ坊。
カップリング直後のお食事会で、ゴンドラ入場での結婚式に強いあこがれを持つマキさんに翻弄されました。
前回のお話はこちら
■たとえ不満でもおごる理由
お昼ごはんを食べ終わったあと、シシ坊は二人ぶんのお勘定を支払いました。
チノスニという手抜きな服装をしてきた相手に対し、デート代を負担することに不公平感はあったのですが、
かといってここで割り勘を要求すると、かえってコスパが悪くなります。

なぜかというと、女性側に問答無用で「ナシ判定」される危険性が一気に高まるからです。
28話でお話しましたが、婚活女性はおごられるかどうかにとても敏感です。
(自然に出会って交際できる女性とは、あきらかに傾向が異なります)
すでに婚活パーティの参加費で五千円近くも支払っているのに、
ここで二千円程度の食事代をおごるのをケチり、今後の可能性をつぶしてしまうのは得策ではありません。
もし割り勘を要求するなら「この人はナシ、今回で終了」と思ったときだけでしょう。
マキさんとは今後も仮交際を進めて行きたいとは思ったので、ちょっとの不満は飲み込んだ形です。
「えっ、本当に出して頂いていいんですか? あ、ありがとうございます」

マキさんは不慣れそうな様子でお礼を伝えてくれました。
その初々しい様子は、とても婚活歴三年とは思えませんでした。
三年もやっていたら、「ありがとうございます」が気持ちのこもらない棒読みだったり、『見せ財布』がわざとらしかったりしそうなものですが、
彼女の挙動にはそんな様子があまり見受けられませんでした。
このスレてなさそうな態度が、何かいいな、とシシ坊は思ったのです。
■絵文字づかいがかわいいマキさん

やれチノスニだの実家暮らしだのゴンドラだのと、マキさんへの不満点を散々こき下ろしてきてしまったのですが、
基本的には、結婚相手としての魅力がある人には違いありません。
だからこそカップリング希望を出し、仮交際をはじめたのです。

ここでいう魅力とは、若さや年収や家柄といったドライな条件のことだけではありません。
異性としてのかわいさも含めての話です。
そのかわいさのひとつが、マキさんの絵文字でした。
この日から彼女とSNSメッセージのやり取りがはじまったのですが、
彼女の文面には、絵文字がふんだんにちりばめられているのです。
「わたしメール世代なんで、スタンプより断然、絵文字派なんです! ホント90年代な女で……」

マキさんはなぜだか『90年代な女』を何かにつけてアピールしてくる人でした。
2019年2月当時は、絵文字の人気はわりと持ち直していて、彼女が言うほど廃れた文化ではなかったと思いますが、
マキさんの絵文字づかいはご自身が言うように、あくまで90年代的なセンスでした。
しかし、それが何かかわいいのです。

シシ坊もどっぷり90年代の文化で育った人間なので、ツボなのでしょうか?
絵文字をつかって全力で感情をあらわし、必死に返信してくる様子が、何だかとてもシシ坊の好みなのです。
とくに、このショック顔の絵文字の使い方が秀逸でした。

「僕も90年代のイノシシだし、マキさんの絵文字かわいくて好きですよ!とくに(ショック顔のスタンプ)の使い方が何かイイ!」
シシ坊は、率直に思ったことを伝えました。
するとマキさんはそれ以降、ショック顔のスタンプを頻繁に打ってくるようになりました。
そんなにショックな話題じゃなくてもバンバン連発してきます。

そういうところが、なんか素直でとてもかわいかったです。
■絵には興味ない

マキさんとの初回デートを早めに取り付けようと思ったシシ坊は、カップリング当日の夜、すぐにデートの予定を押さえにかかりました。
マキさんも間を空けずに予定を組みたかったようで円滑に話がまとまり、一週間後の日曜日に都内の繁華街のどこかで会うことに決まりました。
まずいっしょにお昼ごはんを食べ、それから夕方まで4〜5時間、手頃な観光スポットへ行きましょうという予定です。
あいかわらず、初回からいきなり長時間デートコースを組みに行くシシ坊です。

「初デートは食事かお茶だけで短めに」という、婚活アドバイザーがよく言う助言などはまるで無視なやり方です。
時間をおさえたあと、次にマキさんの希望を訊いてみました。
「食事のあとなんですけど、どこか行きたいところあります?」

「楽しそうなところならどこでも♪ シシ坊さんにお任せします」

マキさんは、わりと何のイベントでも楽しめる人かのような返答をしてきました。
(なら、美術展はどうかな?)
とシシ坊はそのとき思いました。
ちょうどこの頃、六本木の美術館で葛飾北斎展が開催されており、かなりの人気を博していたため、シシ坊はかねてからぜひ行きたいと思っていたのです。

美術展は、シシ坊の中ではデートコースとしてハズレのない定番でした。
ルノアールやモネなどの印象派展は女性人気が高いですし、ミュシャなどのアールヌーヴォーも好きな人が多いですよね。
イベントが開催されるたび、多くの女性が訪れているのを見かけます。
日本画も当時、伊藤若冲などが盛り上がりを見せていたので、デートコースとして北斎展は間違いないだろうという確信があったのです。
「おまかせということなら、近ごろ人気の葛飾北斎展にでも行きませんか?」
シシ坊はそう提案しました。
当然マキさんからは「美術展ですか、いいですね♪ ぜひ行きたいです」といった賛成の返事が来るだろうと思っていたのです。
ところがマキさんの返事は予想のななめ上をいくものでした。
「正直、興味ないです(ショック顔) でもがんばって観てみようと思います!!」
(きょ、興味ない!?)

シシ坊はマキさんの返答に、それこそショックを受けました。

まるで彼女が履くチノパンのシルエットさながらの、ストレートな意思表示です。
シシ坊は驚きのあまり、しばらくスマホの画面を見つめたまま固まってしまいました。

(いや……興味ないなら仕方ないけれど、ちょっと露骨すぎじゃないか? もっとほかに言い方ってものが……)
マキさんはもしかして変な人なのか、という直感が頭の中をかけめぐりました。
婚活相手にそういう言葉の選択をするのは、少なくとも一般的な感性ではないと思いました。
いろいろとクセの強い、やりづらい人なんじゃないかと思えてきます。

そして、シシ坊は自分が自信をもっていた定番デートの常識がくつがえされてしまったことに衝撃を受けていました。
(美術に興味がない女性がこの世にいたのか!)
というような衝撃です。

しかしよく考えてみれば、女性がみな、美術が好きだとは限りませんし、人気の美術展はものすごく混雑するので、初回デートにふさわしいかは疑問です。
あとからこの一件を振り返ってみると、シシ坊の提案も良くなかったな、と今は思うのです。
ただこの当時、自信をもっていたデートコースに難色を示されてしまったことで、シシ坊はどうしていいのかわからなくなったのです。
続きます。
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