同じ日に、ふたりの婚活女性との仮交際デートをかけ持ち中のシシ坊(42)。
39歳の事務員トモコさんとの釜飯デートで子供の話を切り出したものの、あまりはっきり答えてもらえませんでした。

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■本命を決める、キープも決める

予定をすべて終えて、家に帰ってきたのは23時前でした。
デート中は楽しくて脳内物質が分泌され、さほど疲れを感じなかったのですが、暖房をつけて部屋をあたためると、急に眠気が出てきました。

真冬の2月に外出しっぱなしでいるのは、やはり体力を削られます。
ですが、とても充実した日でした。おなじ日に二人の女性と会うと、記憶が鮮明で比較がしやすいです。
じつはデート帰りの時点で、シシ坊の腹はすでに決まっていました。
『マキさんを本命にしよう』
というのがその答えです。
理由はマキさんのほうが、結婚後の青写真が明快だからです。

都内に実家があり、結婚後も東京に住みたい。
薬剤師としての経歴に自信を持っており、共働きに心強い。
趣味は岩盤浴と外食。子供は欲しい。そして水族館はまあまあ。←31話参照

やりたいこととそうでないことが早い段階で明らかにされているため、見通しがいいのです。
また『次のデートでマキさんに本交際を申し込もう』ということも、このとき決めました。
まだ初回デートを終えたばかりですが、とても良い手ごたえを感じたので、
『これは二回めでイケる』とシシ坊は判断したのです。
それにマキさんは『すぐに終わると思っていた』はずの婚活が、予想に反して三年と長びいています。
きっと手早く物事を進めたいはずで、断られる可能性は低いと見ました。
一方トモコさんのほうは、関係を温存することにしました。

彼女とはほどほどに連絡を取りつつも、シシ坊から会おうとは言わず、関係の発展をゆるやかにします。
『次のデートの話が出てこないな』とトモコさんが訝しむまで、一週間ほど時間が稼げるはずです。
その間にマキさんと二回目のデートを敢行し、本交際を申込みます。

それが成功し、マキさんと正式につき合うことになれば、その時点でトモコさんに事実を話し、仮交際を終えます。
これがいわば「プランA」です。

もしマキさんに本交際を断られてしまった場合は、ただちに「プランB」を発動させます。
マキさんとの仮交際を解消し、本命をトモコさんへと切り替えて、トモコさんとの本交際を目指すという算段です。
トモコさんも39歳という年齢です。シシ坊のこうした行動で、彼女の大切な時間を空費させることに多少の申し訳なさも感じますが、保険はかけておかなければなりません。
トモコさんだって、ほかの男性と同時交際しているかもしれませんし、逆にこちらがいつお断りを食らってもおかしくないのです。
方針を決めたシシ坊は、翌日すぐマキさんに連絡しました。
マキさんは次のデートの提案を快諾してくれました。
はたして一週間後の休日に、夕食を共にすることになったのです。
■サムギョプサルからのバーからの告白

マキさんとの二度めのデート場所は、韓国文化のるつぼ、新宿は新大久保でした。
JR新大久保駅の改札は、10代20代の若者でごった返していました。しかも雨が降っています。

ご存知の方も多いと思いますが、この駅は出入口が小さいわりには人が多すぎて、週末の夕食時などは、傘をさしてその場に立っていることもむずかしいです。
そのため、駅から少し離れた大通りの交差点で待ちあわせの約束をしていました。
マキさんはすでに待ちあわせ場所に着いていて、シシ坊が近づくと手を振って笑顔を見せてくれました。
「やあやあマキさん。こんな寒い雨の中で、待たせてしまってすみません」

「いえ、だってこの前は遅刻しちゃったから……今回はぜったいに遅れられないと思って、15分前に来たんです」

なんかそういうところは律儀で、かわいいと思います。
この日は前もって韓国式焼肉のお店を予約していました。マキさんは肉が好きなのですが、サムギョプサルは食べたことがないらしく、ならおいしいお店をご案内しましょう、という流れになっていたのです。
お店に入り、ふたりでアルコールを頼んで乾杯しました。
ぶ厚い豚の三枚肉が運ばれてきて、熱い鉄板に載せられ、ジュージューと焼けていく音を聞きながら、シシ坊はこの後のプランに考えをめぐらせていました。
本交際の申込みをしようというわけですから当然、焼肉を食べるだけでは終わりません。
じつはこの焼肉屋の上の階に雰囲気の良さそうなバーがあるということを、シシ坊は事前に調べていました。

そこへマキさんを連れていき、バーカウンターでカクテルを片手に気持ちを告白しようというわけです。
『サムギョプサルを食べたあと、口直しにバーへ行きましょう』
という話はあらかじめマキさんに通しているので、そこはスムーズにいけるでしょう。
しかし、問題がふたつありました。
ひとつめは『バーテンダーに告白の言葉を聞かれたらはずかしいな』ということです。
カウンター席だと至近距離にバーテンダーがいるため、もろに聞かれてしまいそうです。
この問題はテーブル席へ行けば解消される話なのですが、シシ坊はあくまでカウンター席で勝負するつもりでした。
なんとなくカウンターのほうがおしゃれっぽく、告白もサマになっている感じがするからです。
それにマキさんは自称『90年代の女』ですから、大人の社交場であるバーで、マティーニグラスを傾けながら大人の駆け引きに酔うといった、べたべたな演出が好きそうです。

なのでシシ坊が勇気さえ出せば、ひとつめの問題はどうにかなります。
難題はふたつめのほうでした。
この婚活ブログでも話していることですが、この頃シシ坊はうつ病をわずらっており、大量の薬物を飲んで治療にあたっている最中でした。
そのことをマキさんに言わないまま本交際に持ち込むのはフェアではないと、この当時はそう考えていました。
つまり今日、うつ病であることを告白してから、交際を申し込まなければならなかったのです。
■病気の告白はいつするべきか

うつ病を告白してから本交際を申し込むというのは、正直いって大ばくちでした。
メリットとしては、先にこれを話してしまえば、気持ち的に楽にはなります。
言わずに交際をはじめてしまい、のちのちタイミングを逃がして言いづらくなるような事態は避けられるからです。

しかし相手はせいぜい人生の数時間をデートでともに過ごしただけの、ただの仮交際女性です。
うつ病に対してどんな印象を持っていて、それを聞かされたときに何を考え、どんな行動を取る人なのか、まったくわからないのです。
とくにうつ病に対してまったく知識や理解のない人だと、その場で心を閉ざされてしまい、「この人ナシ」という判定を下されてしまうこともありえます。
何をかくそうシシ坊自身も、うつ病にかかるまではその知識や理解のない人でしたから、悪い結果をまねいてしまう可能性が高いことは容易に想像できました。
ですがこの当時は、まず先にうつ病を告白して、それから交際申込みをすることが、婚活におけるフェアプレー精神をつらぬくことだと信じて疑わなかったのです。
そうすれば相手の女性もきっと、
「病気のことを隠さずに正直に告白するなんて、誠実な人なのね!」
「こういう勇気と優しさを持つ人なら、よろこんで交際するわ」
などと考えて、受け止めてくれるだろうという希望的観測が心のどこかにありました。
ずいぶんと無垢な心の女性を前提条件にしたものです。
シシ坊はこのとき、フェアプレーの美学に酔っていたのです。
(とにかくバーに連れていく前、焼肉屋にいるうちにこれを言わねばならない……)
シシ坊は、サンチュを巻いた肉をおいしそうにほお張るマキさんに、おもむろに切り出しました。
「マキさん……実は、今のうちに言っておかなければならないことがあるんです」
「あ、はい……?」

「実は私……うつ病なんです」

「……!?」

告白するやいなや、マキさんの目はくわっと見開かれ、サンチュをほお張る口の動きが、ぴたりと止みました。
はたして結果は……!
続きます。
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