第38話: 婿入り後出し遺産相続チノパン薬剤師マキさん Part.1

マキさん(37)にうつ病を告白した途端、彼女からもパニック障害を告白し返されたシシ坊(42)。

大した問題だとは考えずに本交際を申し込み、見事カップル成立となりました。

「仮交際並行編」は終了し、今回から「婿入り後出し遺産相続パニック90年代薬剤師マキさん編」に突入します。

前回のお話はこちら↓↓↓

第37話: 仮交際並行編 Part.10

メンヘラ女子でも気にしません

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■トモコさんへのお断り

マキさん編へ入る前に、仮交際を同時進行させていたトモコさん(39)との顛末に触れておきます。

マキさんと付き合うことになった以上は、トモコさんへ仮交際を終了させたい旨を伝えねばなりません。

しかしシシ坊からは連絡を取れずに三日が経過してしまいました。

なぜかというと、直接相手に交際終了を告げるのはけっこうなエネルギーが要るからです。

かつてシシ坊は、SNSをブロックされたメグミさんや、はっきり返答せずに時間を引き伸ばしたアユナさんを恨みがましく批判したのですが、そういう自分も人のことは言えません。

そうこうしているうちに、トモコさんのほうからSNSに連絡が来てしまいました。

「こんにちはー、今度の金曜日、呑みに行きませんか?」

こちらから次のデートの提案がないので、トモコさんのほうから誘ってきてくれたのです。

(もしトモコさんと呑みに行ったらば……)

シシ坊は金曜日にトモコさんと呑みに行き、そして彼女に本交際を申し込み、やがて結婚し、トモコさんと夫婦生活を送っているという、架空の将来をにわかに想像しました。

(トモコさんと結ばれ、幸せになるという可能性のカードを俺は、つい今まで持っていた。でもそれは捨て札にしなければならない)

熟慮してマキさんというカードを切ったはずなのに、トモコさんという手札を捨てることが急に名残り惜しくなってきたのです。

しかし、もはや持ち続けることは許されません。

「すいません……実は、もうひとり仮交際を進めていた方との本交際が決まったのです。なので、呑みに行くことができません」

息苦しい思いをしつつ、シシ坊ははっきり断りを入れました。

「そうなんですね!」

トモコさんの返事は存外、あかるいものでした。

「お互い、幸せな結婚をしましょう! 私も婚活がんばります」

詳細は忘れましたが、そういった内容のメッセージを頂きました。こちらから連絡しなかったことを咎めもしない、その爽やかな態度は、シシ坊の胸を打ちました。

あれから三年たちましたが、トモコさんは今ごろどうしているのでしょうか。

幸せな結婚生活を送っていてほしいものです。

■三ヶ月で入籍だ!

さて、マキさんとの本交際が成立した直後のシシ坊に話をもどします。

時は2019年3月3日。じつは2017年3月10日に最後の恋人と別れて以来、シシ坊の『彼女いない歴』はまる二年を迎えようとしていたのですが、奇しくもその直前にマキさんという新しい彼女を得たことになります。

(”二年”の大台に乗るのは、何がなんでも避けなければならない……)

(これ以上ひとり身が続けば、それが当たり前となってしまう。二度と異性を惹きつけることのできない、”独身おじさん”オーラをまとってしまう……!)

焦り、不安、希死念慮が精神をむしばんでいたシシ坊にとって、新しい彼女とはそれほどの悲願でした。

現代は、ずっとひとりで暮らしていても何ら痛痒はないという人が増えているので、そういった人たちには理解できない考えでしょうが、パートナーのいない人生とは、シシ坊にとって無意味そのものです。

たとえほかの何が満たされていようとも、ただ一点それが欠けているだけで、この世の何もかもが意味を失います。

親友だろうと親族だろうと、ほかの人間関係ではけっしてそれを埋め合わせることはできません。

十八歳のときから約二十二年間、自分を包容してくれる女性が常にそばにいたために、そうなってしまったのです。

その不可欠な一点が欠けているにもかかわらず、表向きはまるで健全な社会人かのような顔をして日々を生きなければならない。

そのことに疲れ切っており、みずから死を選ぶ日も、そう遠くないかもしれないと思っていました。

そんな時におとずれたマキさんとの本交際開始は、まさに精神の特効薬となったのです。

薬が効きすぎてハイになっていると云ってもいいくらいでした。

ハイなシシ坊は、新大久保のバーでカクテルを片手に、怒涛の結婚戦略を語っていきます。

「マキも俺もさ、できるだけ早く結婚したいと思っているじゃない? ましてや子供も欲しいわけだしさ。となるともう、物事をどんどん巻いて進めていく必要があると思うんだ」

「うん、そうだね」

「マキはどのくらい本交際すれば、シシ坊と結婚できるかどうか見極められると思う?」

「三ヶ月あれば、十分かなって思う」

マキさんもシシ坊も、婚活パーティのプロフィールシートの『いつまでに結婚したいか?』という設問には『一年以内に結婚したい』と答えていました。

なので本交際が三ヶ月というのは妥当です。残りの九ヶ月で互いの両親へのあいさつ、両家顔あわせ、新居への引っ越し、入籍届や結婚式の準備を済ませるというスケジュールになるでしょう。

しかしハイなシシ坊の気持ち的には、もはや一年という月日も長過ぎました。

「そこをもう少し巻いて、三ヶ月で入籍をめざそう!」

シシ坊は鼻息荒く云いました。すなわち三ヶ月以内に本交際だけでなく、入籍届を役所に提出するまで持っていこうという超スピードプランをぶち上げたのです。

「本交際して二ヶ月たったら、お互いの気持ちを確かめよう。そこでふたりとも結婚したい気持ちがあれば、残り一ヶ月でお互いの両親に認めてもらって入籍する。だめなら二ヶ月でキッパリと別れて新しい相手をさがす。とにかく時間のロスを最小限にしよう」

このスピードプランにも、マキさんはさしたる抵抗感も見せることはなく、

「うん、わかった。がんばろう」

と前向きに答えてくれたのでした。

「ちょっと無理があるな、とか思ったりはしてない?」

マキさんがあまりにもあっさり承諾したので、逆にシシ坊は不安になって訊き返しました。

「ううん、シシ坊となら大丈夫な気がする」

彼女ははっきりした口調で答えてくれました。

これにシシ坊はすっかり自信を持ち、ここでもうひとつの『宣言』をしたのでした。

「俺たちは結婚するつもりで付き合うんだから、これはもうほぼ婚約してるってことだよ。俺は、たった今からマキを婚約者として扱う。だからマキも、俺のことを婚約者として見てほしいんだ」

この怒涛のフィアンセ宣言についても、マキさんはさして驚く様子もなく、快く受け入れてくれたのでした。

「なんだかシシ坊が云うと、本当に実現しそうな気がする」

マキさんは期待に満ちたまなざしでシシ坊を見つめていました。

「そうやってぐいぐい引っ張ってくれる男性って、今までいなかったから。新鮮だし、心強いよ」

(これはできる、結婚できるぞ!三ヶ月ひたすら突っ走って、ぜったいに実現させてやる!)

シシ坊のお家芸、猪突猛進がはじまりました。

しかしこの直後、マキさんから軽いジャブが繰り出されました。

■かるい婿入り話

「ちょっと訊きたいことがあるんだけど」

興奮冷めやらぬバーのカウンター席で、マキさんはカクテルグラスの脚を指でいじりながらたずねてきました。

「シシ坊は、婿(むこ)に入るっていうのは、あり?」

「婿?」

当然のように、マキさんが嫁入りするのを前提で考えていたシシ坊は、その質問に少しだけ動揺しました。

「うん……あ、もちろん私が嫁ぐことができないだとか、そういう訳じゃなくてね」

マキさんはシシ坊の顔色をうかがいつつ、不安を打ち消そうとするかのように続けます。

「ほら、うちはお父さんが事業をやっているでしょ。それでやっぱり跡継ぎのことも考えているらしくて」

「ああ、なるほど……」

「でもお父さんも『まずマキちゃんが結婚できなくちゃ仕方がないから、どうしてもお婿さんが見つからないなら、嫁ぐのも止むを得ない』とは云っているの。だから私が嫁入りできないとかじゃなくて、シシ坊がもしお婿さんになるとしたらどうなのか、ただちょっと訊いてるだけなんだけど……

婿入り、あるいは男性のほうが姓を変える結婚については、シシ坊の考え方に変遷がありました。

むかしは、単に姓を変えるだけならば抵抗はありませんでした。

三十歳の頃、結婚を考えていた彼女がいたのですが、そのときは自分の姓を彼女のそれに変えるのも悪くないな、と思っていました。

ただこの時は、婿入り先の家督を継ぐといったような重たいことまでは考えがおよんでいませんでした。

しかし四十二歳になり、いざ結婚が現実の問題としてさしせまってくると、やはり自分の名字は変えぬまま結婚したいと思うようになっていました。

果然、女性に嫁いでもらう以外の選択肢はありません。

「婿入りということは考えていない」

シシ坊ははっきりとマキさんに伝えました。

「俺は長男だし、親が年を取ってきたこともあるし、やはり自分の家を継がなければならない」

なにかしらの理由が必要な手前、マキさんにはそのような説明をしました。

本当のところは大した考えはありません。周りのほとんどの結婚が嫁入り形式だから、自分も嫁をむかえるのが当然のように思っていただけです。

ただ三十歳の頃とくらべて年をとったせいなのか、男子たるものが姓を変えてよその家に入るということに、微妙な抵抗があったような気もしました。

そういう意味では、もし女性が婿取りを希望するならば、男女ともに考えが柔軟な若いうちに限ります。

もはや三十七歳のマキさんは、あきらかに旬を過ぎた話をしているとしか思えませんでした。

マキさんはシシ坊の意見を訊いたあと、うなずきました。

「そうか……うん、シシ坊の希望はわかった」

「大丈夫かい?」

婿入りできなくてもいいの? という意味を込めて、シシ坊は念を押しました。

「うん、大丈夫」

マキさんがそう云うので、シシ坊も深く考えず「まあ納得してくれたんだろうな」と思い、その話題はすぐに頭から消え去りました。

しかし、よく考えてみるとおかしな話です。

婿入りか嫁入りかなどという重要な話を、ただちょっと訊くだけ、などということがあるでしょうか?

また、マキさんの父親のせりふも気になります。

『まずマキちゃんが結婚できなくちゃ仕方がないから……嫁ぐのもやむを得ない』と口では云っているようですが、もうそのくだりからして嫁に出すのが不満であることが透けてみえます。

そもそも自分の事業的野心を結婚にからませること自体、娘の人生への露骨な干渉ではないでしょうか。

正直を云うと、あまり良い父親ではなさそうだという印象を持ってしまいました。

しかしまだ私たちの本交際ははじまったばかりであり、シシ坊の脳内は二年ぶりの彼女ができたという、きわめて幸福な麻薬作用をもたらす特効薬が効いてしまっていました。

なので、マキさんの性格やパニック障害、両親、家庭にさまざまな難問が発生することなど予想もできませんでした。

婚活界隈では『こじらせる』という言葉をよく訊きます。

婚活をはじめたばかりのシシ坊には、『こじらせる』というのが一体どんなことを意味するのかよくわかりませんでした。

ですが、ついにこのマキさんという女性をもってして、『こじらせ婚活女子』なるものの正体を目の当たりにすることとなるのです。

続きます。

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