第39話: 婿入り後出し遺産相続チノパン薬剤師マキさん Part.2

マキさん(37)との本交際が確定した直後に、婿(むこ)入り結婚はどうかと訊ねられたシシ坊(42)。

とても大事なことなので、婿に入るつもりはないことをはっきりと伝えました。

マキさんは一見納得したように見えたのですが、果たして……

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第38話: 婿入り後出し遺産相続パニック90年代薬剤師マキさん Part.1

メンヘラ女子でも気にしません

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■本交際、すなわち婚約!

バーを出て、新大久保駅まで戻る帰り道、マキさんと手をつなぎました。

最後の彼女と別れて以来、女性とまともに触れ合っていなかったシシ坊は、マキさんの小ぶりな手のやわらかい感触をしみじみと味わいました。

本交際が成立した日は2019年3月3日。

2017年3月10日に彼女の浮気が発覚し、別れてひとりになってから、あと一週間で二年が経とうとしていました。

この二年の大台に乗ることだけは、何がなんでも避けねばならないと思っていました。

これ以上パートナーのいない生活が続けば、やがてはそれが当たり前になってしまい、もはや二度と女性の視界には入らない干からびた男になってしまうという、強い危機感を持っていました。

しかしそれは今日、かろうじて避けることができたのです!

にわかに将来への希望があふれ出し、生活は喜びで満ちあふれました。

いままで抑圧されていた反動もあり、突進は怒涛のごとくはじまりました。

男女の関係を発展させるには、はじめの勢いが肝心だということをシシ坊は体験的に知っていました。

ふたりが幸せで麻痺しているうちに、余計な現実をあれこれと考え出す前に、外堀をすばやく固めてしまうのです。

ましてや今回は三ヶ月以内に入籍しようというのですから、成功のカギは「勢い」それ以外にありません。

手始めに行ったのは、SNSのプロフィールの更新です。

某有名SNSのプロフィールには『交際ステータス』なる項目があります。

シシ坊はマキさんと新大久保駅のホームで別れるやいなや、帰りの電車の中でスマートフォンを取り出し、SNSの設定ページを開きました。

そして今までは無記入だったその交際ステータスを、ただちに『婚約』へと変えたのです!

なぜ本交際をはじめただけで婚約したことになるのか、それは前回38話でお話した通り。

『結婚前提で交際する』、すなわち『(破局しない限りは)いずれ結婚するであろう関係』、すなわち『婚約』である。

という、必殺の三段論法です。

ただこれはシシ坊の一方的な気持ちではなく、マキさんの同意も得られていたため、いちおう論理には破綻がありません。シシ坊は自信にみなぎっていました。

SNS上で公開するや、さまざまなフォロワーから祝福の声が寄せられました。

「シシ坊さん、おめでとうございます!」

「相手はだれ? こんど紹介して!」

さまざまなコメントに「ありがとう」と返事をしながら、シシ坊は悦に入りました。

そこには高揚した気分だけではなく、暗い喜びもありました。

このSNSでは浮気された元彼女も活動しており、ひどい仕打ちをした彼女にあてつけてやろうという気持ちもあったのです。

(すでに『友だち』は解除してブロックしていましたが、『友だちの友だち』を介してのつながりがあるため、いずれ私の婚約を知るはずでした)

まだこの当時はそういった暗い復讐心とは無縁でいられない、深い精神的ダメージから立ち直れていない時期でした。

■友だちへの紹介

SNSを見た高校時代からの友人からも、すぐに連絡が入りました。

15歳の時から二十五年以上の付き合いを続けている、ぞうさんとさるさんです。

「シシ坊、婚約したんだって? おめでとうウキ!」

「辛かった時期もあったもんな、本当にめでたいパオ」

ぞうさんもさるさんもすでに結婚し、双方とも二児の父でした。

また、ぞうさんの方は子供が生まれて間もない時にうつ病にかかり、当時もまだ抗うつ薬を服用していたため、シシ坊のうつの辛さを理解してくれる人でもありました。

「ありがとう! ぜひ二頭には婚約者を紹介したい。来週あたり夕食でもしないか?」

シシ坊がそう誘いかけると、二頭はこころよく応じてくれました。

またマキさんにも友人に合わせたい旨を伝えると了承してくれたため、かくして約一週間後、東京駅は丸ビルの某ハンバーガー屋さんにて、我々は落ち合うことになったのです。

この日マキさんは仕事の都合で集合が遅れたため、先に三頭でお店に入り、ビールを飲みつつ彼女の登場を待っていました。

やがてマキさんがお店に姿をあらわした時、シシ坊はそれを見て驚きました。

なんと、彼女はスカートを履いていたのです!

いかなる時でもチノパンを履いていたマキさんが、男らしいストレートシルエットの、カーキ色のチノパンという風体をつらぬいてきたマキさんが、なんとスカートを履いてきたのです!

スカートは赤いチェック柄で、足首がほんの少し見える程度のロングスカートでした。

スカートの裾は拡がらずにストンと直線的に落ちていて、シシ坊はとっさにミャンマーの男性用の巻きスカート、ロンジーを思い浮かべました。

また靴はパンプスではなく、いつもの白いハイテクスニーカーでした。

はにかんだ様子で、ぞうさんとさるさんに笑顔であいさつをするマキさんを見て、シシ坊は安心しました。

婚約者の友人に会うという大事な場面では、マキさんにも服装を整えようとする意識はあったのです。

スカートの形とハイテクスニーカーが結局男っぽいので、正直に云うとあまり魅力は感じませんでしたが、きれいにしてこようとした気持ちはとても嬉しかったですし、その気持ちにはきちんと報いなければと思いました。

解散したあとの帰り道で「スカート履いてきたんだ! 驚いたよ」「とても似合ってる」といったことを伝えると、マキさんは「思い切って履いてきて良かった」と云っていました。

ただし、この日以降のデートではすぐにチノパンスタイルに戻り、結局二度とスカートを履いてくることはありませんでした……。

■一軒家じゃなかったの?

ハンバーガーとビールを楽しみつつ、私たちの出会い、婚約にまつわる会話がはずみます。

「ところでマキさんはどちらに住んでいるウキ?」

さるさんが話を振りました。マキさんは東京都内の実家に両親と三人で暮らしているのですが、そこは新宿や渋谷に近い、かなりの都心でした。

家賃も地価も高く、一般庶民ではなかなか住めなそうな立地です。

「○○区の××です……」

マキさんが答えると、さるさんもぞうさんも驚きました。

「えっ、○○ウキ? ひとり暮らしウキ?」

「実家です……」

「あ、ご実家! いいところに住んでるウキ」

「うんうん、お嬢様じゃないかパオ!」

ぞうさんとさるさんがこぞって持ち上げにかかると、マキさんは恥ずかしそうに謙遜しました。

「いえいえ、そんな……せまい部屋で三人暮らしという感じなんで……」

その話はそれ以上広がることはなく、すぐに別の話題へと移ったのですが、シシ坊はマキさんの言葉えらびが少し引っかかりました。

(せまい『部屋』で三人暮らし……)

なぜ『うち』や『家(いえ)』ではなく、『部屋』とマキさんが云ったのかが気になったのです。

ひとり暮らしの人がワンルームの賃貸アパート等に住んでいる場合は、自分の住まいを『私の部屋は云々……』と表現することもあるでしょう。

しかし家族三人で住んでいる家を『部屋』と呼んだのは、ちょっと不自然に聞こえます。

というのも、父親が事業家で母親が専業主婦、娘は薬剤師という一家が都心に住んでいると聞けば、その住まいは立派な門構えの一軒家か、そうでなくとも3LDK以上のマンションには住んでいるのだろうと、シシ坊は勝手な想像をしてしまっていたのです。

本当は、マキさんが37歳でいまだに実家を出ないで親と暮らしていることに、あまり良い印象がなかったのですが、そこは富裕な両親のもとで大事に育てられ、女子大の薬学部を出た箱入りの令嬢なのだろうと考え、前向きにとらえようとしていました。

ですがその勝手な思い込みは、すぐに突き崩されることとなります。

解散したあとの帰り道、シシ坊はマキさんに『部屋』のことをそれとなく訊いてみました。

「今日は親友にマキを紹介できて良かった。本当に来てくれてありがとう」

「ううん、私もシシ坊の友だちがどんな人か、知れて良かったよ」

「いずれおたがいの両親に会うタイミングも考えないとね。俺の実家は北海道だから、マキのご両親にあいさつするのが先かなと思うけど」

「うん……」

「そういや、マキの実家って一軒家? それとも『部屋』って云ってたから、マンションかい?」

「マンション、かな。集合住宅」

ふわっとした答えが返ってきました。さらにシシ坊は突っ込みをかけます。

「そっか。何かさっき『せまい『部屋』』って云ってたからそうかな? とは思ったけど……まあとにかく、折を見てご両親に顔あわせのお話をしといておくれよ」

「うちはちょっと狭すぎてお客さんを招けないんだ。うちの両親と会うにしても、近くのレストランかどこかで会うことになると思う」

「え? ? 」

予想のななめ上を行く答えが返ってきました。いくらなんでも客人を招けないほど狭い家なんて、そんな話があるでしょうか?

一瞬、マキさんがまだ親に紹介したくないがために、噓をついているのかとも思いました。

しかしマキさんは驚きの発言を続けます。

「実家はワンルームなの。玄関口まで物が一杯で、座るスペースもなくて。ちょっと厳しいんだ」

(ワンルームだって!?)

「ちょっと待って。マキ、実家には自分の専用部屋があるようなことを言っていなかったかい? なのに実家がワンルームというのは、ちょっと話が見えないんだけど……」

「それはね、六畳ひと間の、窓ぎわの一畳くらいのスペースをカーテンで仕切ってるの。それが私の部屋というか、私のスペース」

(マキさん? 訊いてないよ、そんな話!?)

立派な門構えの一軒家か、あるいは専用の地下駐車場に共用ガーデンスペースつきの高級マンションにでも招かれるのだろうという、シシ坊が漠然と抱いていた想像は、一瞬で吹き飛びました。

サウナ事業を営むやり手の父親と経済の話でもしながら、娘の夫にふさわしい男か、なんなら次期経営者としての力量も見定められつつ、専業主婦のおっとりした母親がオーブンで手ずから焼いたオーガニック・クッキーを、上品な紅茶とともに頂く……といった『ご両親へのあいさつ』のイメージなど、見る影もありません。

「えーっと……昔からそこに住んでるんだっけ?」

返しに困りながら、シシ坊は質問を続けます。

「十七、八年くらい前から住んでる。お父さんも、こんな狭いところに暮らさせて申し訳ないって言ってる……」

「ふ、ふぅ〜ん……」

「今はお父さんの事業にお金が必要な時期で……だから私のお給料も全額、実家にあずけてるんだ。私は毎月お小遣いをもらってる感じ」

(何だと!?)

訊けば訊くほどびっくりです。

お給料を全額あずけなければならないような両親を抱えて、どうやって結婚しようというのでしょうか?

シシ坊は共働きできる女性が希望です。

シシ坊の稼ぎだけで家庭を築けというのは、できなくはないかもしれませんが、イヤです。

妻の稼ぎを義父の事業に吸い取られるなんて、たまったものではありません。

マキさんの父親は脱サラし、関東某県の物産品の販売業をしたのち、今は陶板浴のサウナ事業をしているとのことでした。

” 今は ” お金が必要な時期だとマキさんは云いましたが、しかし十七、八年も前からワンルームマンションに住み続け、いまだに引っ越さないということは、父親の事業がうまくいっているとは思えません。

というか、二十年ちかくそんな状態なのですから、経営の才能がないのではないでしょうか?

母娘をせまいワンルームに押し込めて、娘の給料まで事業につぎ込んでいる父親……

そして事情はわかりませんが、そんな火の車のごとき家計でも専業主婦だという母親……

まったく想像と違いました。

ただ、この時点ではマキさんの家庭環境に驚いたものの、シシ坊の持ち前の突進力のおかげか、まだどうにでもなるという楽観的な考えがありました。

ふたりの幸せをおびやかすものは相手がなんだろうとねじ伏せる、いざとなれば父親を説得するし、それが無理なら駆け落ちでもしてでも、幸せな結婚を成就させるとさえ、思っていたのです。

しかしこの後、シシ坊の強い決意をもゆるがす衝撃の事実が、次々と明らかになっていくのです……

続きます。

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