祖父の遺産を相続するため、婿に入ってほしい。
そして遺産をめぐって争っている叔母、叔父夫婦と戦ってほしい……
マキさんの結婚の条件がついに明かされました。
本交際がはじまってから、もろ後出しで……。
一体どうなってしまうのでしょうか?
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第41話: 婿入り後出し遺産相続チノパン薬剤師マキさん Part.4
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■自分がないマキさん
「俺は遺産に興味はないよ」

シシ坊はそこをはっきりと伝えました。
マキさんがずっと遺産の話ばかりしているので、いい加減、苛立ってきてもいたのです。
「俺はただ、マキと結婚できればいい。それじゃだめなのかい? もし遺産相続の問題さえなかったなら、婿じゃなくてもいいんだよね?」
「家の事情がどうだろうと、最後はマキが決めることじゃないか。マキの思いはどうなんだ?」
そのような説得をしてみたのですが、マキさんの様子は芳しくありません。
「でも、父親が母親が、家の事情が……」

と、両親や実家の意向をたてにしてばかりで、彼女自身がどうしたいのかを、はっきり語ろうとはしないのです。
意見をぶつけても、ぶつけても、ふわふわとして手ごたえがないので、シシ坊は辟易してしまいました。
三ヶ月以内に入籍すると決めたのに、話は進むどころか、完全に後退です。
「ヨメか、ムコか」などという話は、もうここが折り合わなければ初めから交際するべきではないレベルの話なのに、マキさんの後出しで復活してしまいました。
さらには遺産相続問題ときたので、見通しが一気に暗くなってしまった気がしたのでした。
しかもマキさんの後出し攻撃はこれだけではなく、さらなる追い打ちがあったのです。
■結婚費用は全額出せ

「うちにはお金がなくって……だから結婚に関する費用は、全部シシ坊にお願いすることになるけど、いい?」
「え?」

いきなりそう言われて固まってしまいました。
「うーん……と……費用っていうのは、結婚式の費用?」
「式もそうだし、あとは新居の引っ越し代だとか、新婚旅行や指輪の費用だとか……そういうの全部」

(なんでよ!?)

さーっと血の気が引いていくのを感じました。
なんでかと云えば、実家にもマキさん自身にも蓄えがないからということなのでしょうが、それにしたって、なんで? と突っ込みたくなる話でした。
お金がなくとも結婚はできます。どうしても結婚したいという熱意があるならば、役所に婚姻届を提出するだけでもいいのではないでしょうか?
でもマキさんは考えが違うようでした。
そこまでお金がないにもかかわらず、結婚式、指輪、新居、さらには新婚旅行まで、他人のお金で全部やることを想定しているのです。
ちなみにマキさんは、結婚式をゴンドラ入場でバブリーにやりたいと渇望している人でした。

指輪は結婚指輪だけでなく、婚約指輪も考えているかもしれませんし、新居は物件の購入まで考えているかもしれません。
さらにここで話は出なかったものの、結納金をもらうことまで考えているかもしれません。
そうしたら、いったい何百万円かかるのでしょうか?
そこまでひとりで負担できるほどの蓄えは、正直云ってありません。
実家に相談するという手もありますが、お金のことを頼りたくはありませんし、第一、こちらが無条件で全額費用を負担するなんて話は、揉めるのが目に見えているので云えません。
そういう相手の事情をまったく考慮していないのか、「全額出してもらうけどいい?」などとサラッと云えるマキさんの態度に、思わず身体が震えてしまいました。
ですがシシ坊はこのとき、「なぜ俺が全額出すの? それはおかしくない?」という疑念を、すぐ口に出して云うことができませんでした。
なぜかというと、それを口に出したことでマキさんと折り合えずに破局し、婚活が振り出しに戻ってしまうのが怖かったのです。
ここまで来るのにかなりのエネルギーを消耗しています。
彼女に浮気され、うつ病にかかって苦節二年。さまざまな女性に振られ、ほうほうの体でたどり着いた婚活の世界で、ようやく見つけた本交際相手です。

別れて、また仮交際相手を探すところからやり直す苦痛を思うと、面と向かってそれはおかしいとは云えませんでした。
「いっ……いいよ……」

シシ坊は本音と裏腹のせりふを口走ってしまいました。
「全額、出せるってことね?」

マキさんは念を押すように云ってきました。
シシ坊はうなずきましたが、心の中はざわざわしています。
■新居は実家から徒歩圏内
マキさんは、こんなことも云いました。
「ふたりで暮らす新居なんだけど……最寄り駅は○○駅か△△駅限定でおねがいしたいの」
○○駅はマキさんの実家の最寄り駅、△△駅はその隣の駅です。
パニック障害の発作が起きたときにお母さんの助けが必要だから、実家から歩いてこれる距離にしたい、というのがその理由でした。
「わかった、いいよ……」

シシ坊はこの時もうっかり安請け合いしてしまいました。
○○駅、△△駅は都心で便利だから、と思ったのですが、あとあと考えてみると、不安な要素がいっぱい出てきます。
夫婦ふたり、または子どもができることを想定した場合、住まいにはある程度の間取りが必要です。
15年間の同棲経験を持つシシ坊は、カップルがストレスなく暮らすには最低でも30〜40平米、間取りで云えば2DKほどの広さが必要だということを学んでいました。
そのためある程度のコストを払ってでも、広い部屋に住むつもりでした。
ところがマキさんの実家は、六畳ひと間のワンルームなのです。

自分たちが2DKや3DKに住んで、そのすぐ近くで義両親がワンルーム暮らしというのは、なんだか気まずい話です。
そしてそんな状況では、かわいそうな義両親(自業自得ですが)を何とかワンルーム暮らしから救い出してあげたい、という雰囲気に持っていかれかねません。
つまり、将来は両親と同居というプランを、マキさんは目論んでいるのかもしれないのです。
(やれやれ、マキさん! 君のほうはメリットいっぱいだな!)
シシ坊にとっては、結婚の具体的な話が進んでいるという喜びより、後出しではめられている感でいっぱいでした。
■満ち足りたマキさん

「よしっ……と、これで話してないことは、もうない……!」
マキさんは視線を斜め上に向けて、頭の中の考えを整理するようなそぶりをすると、ふーっ、とため息をついて、椅子の背もたれに寄りかかりました。
それはもう、積年の悩みを解消したかのような、満足げな、ひと仕事終えたという表情でした。
(なんかひとりで満ち足りてる、この人……)

彼女の顔を見て、シシ坊は脱力してしまいました。
『なぜ本交際する前に云わないんだ!』という怒りよりも、このときは別のふたつの感情が葛藤していました。すなわち、
『マキさんを選んだのは失敗だったかもしれない……ここは思い切ってご破算にして、新たな女性を見つけに行くべきだ!』
という気持ちと、
『いまさらイチから出直しなんていやだ……何とか、どうにか問題を収めて結婚したい!』
という気持ちの葛藤です。
しかし、今までの苦しかった時間を思うと、前者の決断をするには相当な勇気がいりました。
結果としては後者の、希望的観測をふくらませたいという欲求に逆らえず、マキさんとの交際を続けていくことになります。
いろいろ癖はあるものの、結婚したい執念と焦る気持ちだけはいっしょのシシ坊とマキさん。
一線を超えてしまう、運命の時が近づいていました。
続きます。
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